このブログの「武蔵野楽器へ行く」のコメント欄は悠久舞について熱く語る投稿が続いています。残念ながら、長野雅楽会では悠久舞を演奏したことがありません。
本日、来春の巫女舞お稽古の依頼で先生に電話をかけました。
先生とのお話は緊張しますが、最後に思い切って悠久舞についてお尋ねしました。
歌詞の由来、紀元節に浦安の舞と一緒に出来た舞であること、もともとは男舞であること、東京オリンピックの年に多静子先生が女舞として改作されたことなど、お伺いしました。
「華やかでいい舞ですよ。皆さんお喜びになられますよ。」「お稽古すれば出来ますよ。」
意外なお返事でした。
「唱歌から覚えてください。早速、楽譜を送ってあげます。」
すぐにFAXで譜面が送られてきました。琴は呂旋の壱越という特別な調弦ですが、調弦まで書き足してくださいました。
笛とお琴の譜面でした。笙と篳篥の譜面はまた探してくださるとのことでした。
(大先生と言われる方々は何でも惜しみなく、すぐに行動されます。非凡な我々は、とてもまね出来ないことです。)
笙・篳篥・笛の三管で演奏する曲です。笙・篳篥・笛はそれぞれ違う楽譜なので(記される手付けの書き方が違う。楽器の特性が違う。)、譜面は三管が一緒に記載されないものです。それをお探しになるのも大変と思いました。それぞれの楽器の演奏者のもとまで行かれるんじゃないのかと心配になりました。
午後は篳篥のSさんと、これから稽古を始めるT君と、舞姫のlily☆さんと会いました。
譜面を見せるとlily☆さんは早速目を輝かして「舞いたい」といってました。
その後、T君の為に篳篥初心者の譜面を探していると黄色くなった紙が・・・・・
(すーゑ の よ の すーゑ)
なんだこりゃ!。あっ!電話口で先生が詠んで下さった・・・・・・。何という・・・・。神恩というのか、縁というのか。
まったく予期もしていなかったところから「笛篳篥笙譜」と書いてある楽譜が・・・・。
何でここにあったのだろう?
!!そういえば・・・・。すぐに家に帰りました。
浦安舞の装束は装束店の高田さんが考案したものです。悠久舞も同じです。
以前、銀座高田装束店で浦安舞装束を調整した時に、制定当時を記録した本のコピーを貰っています。装束についてもわかる!・・・。
残念ながら浦安舞装束制定の抜粋だったので、悠久舞についてはわかりませんでした。
しかし、副産物が見つかりました。銀座高田さんが装束の寸法控えをくださっていたのです。
これはすごい再発見でした。
いつもコメントをくださる ”なでしこ様” ”檜扇あやめ様” ありがとうございます。ご熱心に悠久舞についてお話をしていただきまして、私も大いに刺激されました。お二人様のお蔭で長野雅楽会も新たなる扉が開かれるような気がします。
お稽古のときは是非一緒させていただけたらと思います。その時までに舞姫さんと雅楽会では唱歌を一生懸命お稽古するようにします。
元旦は午前零時より2時までの2時間ですが、新年巫女舞祈願祭をします。